著者
松田 惠子 和田 由美子 一門 惠子
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and welfare
巻号頁・発行日
no.18, pp.45-55, 2019-03-31

自閉スペクトラム症(ASD)児者の多くは,感覚過敏・鈍麻を抱えている。本研究では,日本版感覚プロファイル短縮版 (SSP),およびASD児者の行動特性に関する16項目を用い,ASD児者の感覚過敏・鈍麻と行動特性との関係を検討した。調査対象は療育活動に通うASD児者63名,平均14.9歳(範囲3歳~47歳)で,保護者に質問紙への回答を求めた。基準値に基づいてSSPのスコアを評価した結果,ASD児者の60%以上がSSPの7セクション中6セクションで「高い」「非常に高い」に分類された。ASD児者の行動特性16項目について因子分析を行った結果,「こだわりと認知の偏り」「常同的言動と孤立」の2因子が抽出された。「こだわりと認知の偏り」は感覚過敏に関連する「視覚・聴覚過敏性」「動きへの過敏性」などと中程度の正の相関を示し,「常同的行動と孤立」は感覚鈍麻と関連する「低反応・感覚探究」と中程度の正の相関を示した。ASD児者の行動特性の種類により,関連する感覚過敏・鈍麻が異なることが示唆された。
著者
和田 由美子 井﨑 美代
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and welfare
巻号頁・発行日
no.19, pp.49-59, 2020-03-31

ネガティブではない泣きが幼児期から見られるか否か明らかにするために,保育者を対象に,ネガティブではないと思われる状況で幼児が泣いたエピソードについて,自由記述で回答を求めた。76名から得られたエピソードの内容を検討した結果,ネガティブではない泣きに該当すると判断されたエピソードは82件中33件,報告者数は76名中25名(32.9%)であった。泣きの生起状況の類似性に基づき,エピソードをKJ法で分類した結果,親が迎えや担任の出勤時に泣く<愛着対象との再会>が13件,自分または人が勝利・成功した時に泣く<成功・勝利>が11件,自分または他者が危機的な状況から解放された時に泣く<危機からの解放>が3件で,33件中27件(81.8%)がこの3つのカテゴリーに含まれた。エピソードの報告件数は,男児より女児で有意に多かった。大学生の回想から,幼児期にネガティブではない涙が見られることは報告されていたが(和田・吉田,2015),保育者の「直接観察」によっても,同様の結果が裏付けられた。
著者
久崎 孝浩
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and welfare
巻号頁・発行日
no.19, pp.19-37, 2020-03-31

本論では,心の理論の中核にある心的状態の自他弁別がいかに発達するのかについて理論的検討を試みた。心の自他弁別の発達における共同注意,一人称的視点,内受容感覚の覚知の働きについて先行研究や有用な理論をもとに議論し,次のことが示唆された。(1)自己の心的状態を主観的かつ意識的に経験できるようになると共同注意場面で視点の自他相違を探知して心の自他弁別を発達させる。(2)心的状態を主観的かつ意識的に経験するためには一人称的視点が必要で,その一人称的視点を生み出すのは内受容感覚の覚知である。(3)洗練された内受容感覚の覚知が発達することで,様々な心的状態を主観的かつ意識的に経験できる。(4)洗練された内受容感覚の覚知の発達とは,子どもの成長とともに親子のやりとりが複雑化して内受容感覚の覚知が外受容感覚,認知,固有感覚等と複雑に統合していく過程である。(5)内受容感覚の覚知の発達によって,他者の内受容感覚状態の円滑かつ多様なシミュレートが可能になり,他者の心的状態の推測の効率と精度が高くなる。
著者
西村 由美子 有村 達之
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and welfare
巻号頁・発行日
no.19, pp.9-17, 2020-03-31

失体感症とは身体感覚を感じることができない状態のことを指す。本研究では母親の失体感症傾向と虐待傾向との関連性についての調査を行った。調査対象は,幼児以下の子どもを持つ母親172名,およびに小学生以上の年齢の子どもを持つ母親155名の合計327名であり,失体感症と子ども虐待傾向について質問紙による調査を実施した。幼児群,小学生以上群のそれぞれについて失体感症傾向と虐待傾向との間の関連性を分析したところ,失体感症と虐待傾向には有意な相関が観察された。失体感症傾向を持つ母親は,体調などの身体感覚を感じ取ることで適度に休憩をとったり,ストレスに対処することが苦手なため,ストレス反応として子どもに対して怒りを表出してしまう可能性が考えられた。
著者
久崎 孝浩
出版者
九州ルーテル学院大学人文学部心理臨床学科
雑誌
心理・教育・福祉研究 : 紀要論文集 = Japanese journal of psychology, education and welfare
巻号頁・発行日
no.17, pp.33-49, 2018-02-28

本論は,子どもが同一事象に対して“他者の心”が自己とは異なること(心の主観性)をどのように理解していくのかについて理論的探求を試みたものである。近年,子どもの心の理解の主たる発達的要因として養育者の心を想定する傾向(mind-mindedness)が関心を集めているが,まず,mindmindedness研究の問題点を発達メカニズムの観点から幾つか指摘した。次に,養育者との情動的なやりとりに着目し,安定した愛着関係で頻繁に観察される養育者の情動的映し出しに焦点をあてた。続いて,子ども側の心の理解におけるより適応的なメカニズムとしてシミュレーションに着目し,ミラーニューロンを基盤とした“共鳴”と,自己の心的状態に関する経験的知識あるいは二次的表象を基盤とした“想像”という2 つのプロセスがあることを論じた。そして最後に,養育者による情動的映し出しを通じて,子どもは自己の心的状態に関する経験的知識を豊かにすることで自己の心的状態に対する覚知が可能になるとともに,“共鳴”シミュレーションを発達させることで他者の心的状態を的確に理解することが可能になって,心の主観性を理解していく可能性を提言した。